dry_box’s blog

化学とゲームについて語りたい

有機化学でも120年越しの偉業!-Grignard試薬の新しい調製法-

タイトルだけ見たら大谷翔平選手みたいですね()

まあ化学界隈ではそれくらいインパクトの高い論文が発表されました。

今回ご紹介する論文がこちら!(この論文ですがオープンアクセスといって雑誌購読料なしで読めます)

www.nature.com

というわけで第一弾の紹介は北海道大学の伊藤肇教授の研究になります。

伊藤先生は近年メカノケミストリーに注力されております。

 

メカノケミストリーとは簡単に言うと物理的な力で化学反応を行うといったものです。

皆さんの考える化学反応ってフラスコに溶液が入ってるイメージじゃないですか?

このメカノケミストリー、金属の容器に粉末入れてペーストにして掻き混ぜたり、袋に入れて叩いたりと普通の有機化学者には到底考えられない反応方法です。

ですが、これだと溶液ですぐに分解してしまう化合物や上手く行かない反応が行ったりと新しい化学が現在進行系で展開されています。

youtubeに研究紹介されている動画がありますので、ご興味のある方は是非見てください。

www.youtube.com

 

で、今回紹介するこのメカノケミストリーですが、Grignard試薬が作れたという報告です。

Grignard試薬は1900年にGrignardが発見した試薬でして、今では当たり前に炭素−炭素結合を作ることが出来ていますが、この当時は分析機器ももちろん化学も発達してませんでしたがこの発見を気に有機化学は大きな進歩を果たしていきます。

もちろん今でも工業的に使われる素晴らしい反応でありますが様々な課題が未だなお残されております。

特に個人的には試薬調製時の発熱が厄介で、使用されるエーテル系溶媒は総じて沸点が低いことが多いため、急に還流し溢れ出すといった経験はGrignard試薬を調製されたことのある有機化学者にはあるあるではないでしょうか。

www.chem-station.com

 

今回、伊藤教授らはボールミルという容器を用い、空気中でTHFを3当量とほとんど湿らす程度の溶媒量でこのGrignard試薬を発生させることに成功しました。

実はグローブボックス内で同じボールミルを使ってGrignard試薬を発生させるといった先行研究がありましたが、その際にはGrignard試薬の最大の特徴である求核付加反応が出来ず、プロトン化されるか鉄存在下でホモカップリング体が得られるしかなかったんですね。

しかし今回の発表ではGrignard試薬の調製、つづく求核付加反応を空気中で出来ちゃったというおまけつき!

Grignard反応って不活性ガスで置換して、溶媒の酸素濃度とか水の量とか気にしないとすぐ失敗するのに…言ってしまえば雑でも出来てしまう反応になりました笑

 

またGrignard試薬についてはsp2炭素だけじゃなく、第1級のsp3炭素でも発生させることができていますし、求核付加反応はアルデヒド以外にもケトン、アミド、エステル、ニトリル、シリルクロライドにもちゃんとできます。

さらにこのメカノケミストリーの特徴の一つ、溶解性の低い芳香族化合物でもしっかりGrignard試薬を発生させ中程度の収率で付加物を取得しています。

芳香族化合物ってちょっと芳香環増えるとほんと溶媒に溶けないこととの戦いになるんですよ…100mg作るのに1L溶媒使うなんてザラにあります。

これもこんなSDGsが謳われる昨今に売ってつけですね。溶媒なんて使わないに越したことないですから。

Grignard試薬が発生できるってことは、もちろん熊田−玉尾−コリューカップリングが(これも空気中で!)できますし、共役エノンは添加物次第で1,2-付加、1,4-付加が高選択的に進行します。

 

でもね、これだけ色んな反応が出来てるんだからそれでいいだろとは現代化学では通用しません。

最後にちゃんと分光学的な知見からボールミル内のGrignard試薬と溶液調製で生じるGrignard試薬が同じものであることを確認し、違った反応機構で進んでいるではないことを説明しています。

 

 

ボールミルの反応、工業的にはまだまだ難しいところもありますが先にも述べた環境負荷的観点から広まっていくべきですし、溶液で行う化学から固相でできる化学へ時代がシフトしてきたんだなとしみじみします。

 

 

今後もこのように論文紹介をしていきますので、良ければ楽しんで見ていってください!またコメントもよろしくお願いいたします。